変わることを恐れず、多様な商品開発・品質向上に取り組む ー株式会社福井弥平商店ー

地域や社会の課題から生まれた味を次代へ
変わることを恐れず、多様な商品開発・品質向上に取り組む

株式会社福井弥平商店/代表取締役社長 福井毅 氏

「地酒」とは何か? 蔵元の存在意義について考える

 作業中の写真です
 比良山系の伏流水と地元で栽培された良質な米。株式会社福井弥平商店は、それらを使って江戸中期の寛延年間から酒造りを続け、昨年には創業270年を迎えています。代表銘柄「萩乃露」は地元・近江高島を中心に、寄り合いの席や冠婚葬祭、日々の食卓のなかで古くから愛され続けてきました。

 歴史ある酒蔵を受け継いだ9代目当主・福井毅社長は、先代の娘さんと大手酒造メーカーで出会って結婚し、平成12年に入社しました。前職では事業企画を担当しており、酒造りに直接関わることはありませんでしたが、「カリフォルニアのワイナリーと仕事をしたとき、ブドウの収穫から醸造、営業や販売までを一貫して手掛ける様子に、これだ!と思ったんです」。大手メーカーの分業制では得られないやりがいに惹かれていた毅社長は、蔵元の後継ぎになることに迷いはなかったといいます。
作業中の写真です
 酒造りも田舎暮らしも初めてというなかで、まず考えたのは地酒の蔵元の存在意義についてでした。地元の材料を使うことか、造り方なのか、規模なのか、何をもって地酒というのかを考え、意義を見出していかなくては日本酒離れが進むなかで先細りになるのではという危機感がありました。

 また、自社の酒にあまり「キレ」が感じられないことも気がかりの一つでした。比良の伏流水は超軟水のため酒の発酵が進みにくく、当時の酒造方法とミスマッチしていると考えた毅社長は、より酵母の力が強い昔ながらの※生酛(きもと)造りを提案します。「いま思えば外から来た若造が何を言うのかと思いますが、会長や杜氏が私の意見を聞き入れて協力してくれたのはありがたいことでした」と振り返ります。改善の結果、やわらかでキレの良い味が全国でも高く評価されるようになりました。味への探求は新商品の開発だけでなく、従来の銘柄においても同様で、現在も時代や食生活の変化にあわせて常に試行錯誤を繰り返し、この20年で変わっていない商品はないといいます。酒樽の写真です

※生酛(きもと)造り
 微生物の力を巧みに利用し、時間をかけて日本酒のもと(酛)となる酵母を造る、江戸時代に行われていた酒母の製造方法。現在、日本酒の9割で用いられている醸造用乳酸を入れる速醸系の手法ではなく、空気中に漂う乳酸菌を取り込み、繁殖させて増やす。

原風景を守るために、棚田米で酒造りに挑戦

 収穫写真です
 高島市の「畑(はた)の棚田」は、日本の棚田百選に選ばれていますが、毅社長が入社した頃には、棚田特有の作業環境の厳しさや獣害などもあって休耕田が年々増加し、存続の危機に直面していました。市では県内外からサポーターを募る「棚田オーナー制度」を設けて保全に努めており、毅社長はその一端を担おうと、平成14年に棚田で穫れる米で酒造りを始めました。

 一般的に日本酒を造る場合、酒造好適米を使用しますが、元より棚田で作られているのは飯米のコシヒカリのみでした。酒造好適米を栽培するとなると、コシヒカリより収穫がひと月ほど遅い品種のため、畑に残される好適米は野生動物の被害に遭う確率が上がります。そこで毅社長は、「好適米にこだわっていては、棚田の保全にならない。食べて旨いなら、酒にしてもおいしいはず」とコシヒカリで酒造りを始めますが、「素人だったからできたことで、最初は本当に痛い目を見ました」と苦笑い。約3年の試行錯誤を重ね、いまや同社の代表的な銘柄の一つとなっている「里山」を完成させました。その後も改良を繰り返し、20年を迎えるいまでは全国に根強いファンをもつまでになっています。「里山」だけでなく、「畑の棚田 酒オーナー制度」も立ち上げ、酒造りの見学や出来上がった「里山」の写真です「雨垂れ石を穿つ」の写真です酒を受け取れる仕組みをつくり、棚田保全に貢献しています。

 平成25年には、台風による浸水被害が高島市を襲いました。農家さんの必死の努力のおかげで奇跡的に収穫できた酒米「吟吹雪」を生かそうと、毅社長は以前から温めていた江戸時代の酒造法「十水仕込(とみずじこみ)」を用います。少ない水で仕込むため、素材の味を濃厚に感じられるとあって、仕上がりはほかにないような鮮烈な味わいになりました。その驚きを感嘆符「!(雨だれ)」に込めて「雨垂れ石を穿つ(あまだれいしをうがつ)」と命名。たくさんの人の努力と協力によって完成したことへ感謝を表したいと、売り上げの一部を募金するほか、高齢化が進む地域の「見守り活動」の資金としても役立てています。

何を造りたいかではなく、なぜそれを造るのか

 代表取締役社長福井毅氏の写真です
 平成22年からは国産果実と日本酒のリキュール「和の果のしずく」にも取り組んできました。これは輸入農産物の流入や後継者不足など厳しい環境に置かれている農家に共感し、誕生した商品で、「とはいえ大義名分を掲げて始めたことではなく、人との偶然のつながりのなかで生まれたものです」と毅社長はいいます。 

 地元だけではなく日本各地で互いに意気投合できる果樹農家と出会うごとに一種類ずつ味が増えてきました。企業として何を造りたいかではなく、人や材料、手法などさまざまな出会いのなかで、「なぜそれを造るのか」という理由を大切にしてきたことが、毅社長の酒造りの原点といえるでしょう。 

 長引くコロナ禍は、そんな人とのつながりを見直すきっかけになりました。自粛要請で営業不振にあえぐ飲食店・酒販店の一助になればとクラウドファンディング・プロジェクト「またみんなで笑いたい」を実施。集めた資金で少数限定商品を造り、それを目的に店へ足を運んでもらうことで、造り手だけでなく売り手や消費者にも喜んでもらおうという仕組みです。

商品写真です また、コロナ禍でできた時間を生かして従業員を交代勤務とし、業務に当たっていない時間を勉強会にあてました。京セラの稲盛和夫氏による盛和塾で学んだ毅社長は、稲盛氏の「売り上げが落ちたときに生産性を落とすな」という言葉に従い、自分が得た知識をみんなと共有しよう考えました。トップダウンになりがちだった商品開発についても、「社員が経営参加していないのは経営者が悪い。勉強会の成果もあってボトムアップもできるようになりました」と、2年で約50品目もの商品を開発し、コロナ後に向けた先手を打つこともできたといいます。

 30年後に300周年を控え、「長い歩みのなかでコロナのような危機はいくつもあったはずです。酒造りというアウトプットの方法をこれまでの流儀から踏み外さなければ、時代や人々の嗜好を受け入れ、変わることを恐れずに挑戦し続けたいと思います」という力強い言葉で未来を見据えます。

常に試行錯誤を繰り返し、
変化を恐れず新しい挑戦をし続ける

代表取締役社長福井毅氏の写真です やわらかでキレの良い味わいを特徴に、高品質であることはもちろん、多様で豊富なラインナップをそろえています。四季の変化を楽しんでいただける季節限定や期間限定の商品をはじめ、酒米の地元での契約栽培や栽培されなくなった品種の復活栽培、地元棚田の保全活動、国産果実と日本酒を使ったリキュールなど、多様な酒造方法に取り組んでいます。

 また、従来からのユーザー向けの商品に加え、今後の生活の変化を踏まえた取り組みや、トライアルユーザーの開拓をめざした商品開発も積極的に行ってきました。伝統と革新を掲げ、変化を恐れず商品開発と品質向上に取り組み続けています。

企業データ

本社/高島市勝野1387-1
創業/寛延年間(1748~1751年)
従業員/12名
事業内容/酒類製造、卸売、小売
HP/https://www.haginotsuyu.co.jp/

店舗写真です

企業ポリシー

  • 「酔うための酒ではなく、味わうための酒」をモットーに高品質な地酒を造る。
  • 多様な原材料、新たな手法、品質改善など、旨いをめざして挑戦を続ける。
  • 地元に伝わる棚田の保全、高齢化への対応など、地域や社会へ貢献する。

 

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