郷土の伝統の味を支え、まちに支えられて ー 有限会社千茂登 ー

郷土の伝統の味を支え、まちに支えられて
地域とのつながりのなかで、乗り越えてきた危機

有限会社千茂登/代表取締役 三好武夫 氏

高級絹織物の好景気に沸いた長浜で創業

 北国街道と琵琶湖水運を結ぶ要衝として秀吉が城を構えた長浜のまち。明治15年にはいち早く鉄道が敷かれ、日本初の鉄道連絡船が大津―長浜間を就航しました。浜ちりめんと呼ばれる長浜特産の高級絹織物は、交通至便な立地とあいまって全国に販売され、まちがその景気に沸く昭和12年に料理旅館として千茂登は創業しました。冬は鴨、夏は鰻、また近江牛を名物に85年にわたって味を受け継ぎ、そのこだわりはたびたびメディアでも紹介されています。

 現在三代目として家業を営む三好武夫社長によれば、初代である祖父は丹波の山奥から蓑笠一つで出てきて苦労を重ねた人物だったといいます。京都で丁稚奉公ののち長浜の老舗料亭・住茂登で修業し、暖簾分けの際に主家の名と秀吉の旗印である「千成り瓢箪」から取って屋号にしました。

 戦中も軍需の影響で盛況でしたが、客室の多い料亭だったことが災いし、軍需工場の寮として接収されてしまいます。それを機に、病院長の私邸を借り受けて移ったのが現在の建物。宴席用に50枚ずつ揃った器は土に埋めて接収を免れ、戦後掘り出して大いに役立ったというエピソードも伝わっています。数寄を凝らした建物はのちに買い上げ、ほぼ当時のままいまに残しています。「子どものころは古臭いばかりと思っていましたが、この雰囲気を趣がある、懐かしいと言って通ってくださるお客様も多く、何が幸いするかわからないものです」と三好社長は笑顔を見せます。現在では繁忙期外に宿泊客を受け入れるのみで9割以上が料亭としての営業となっています。

琵琶湖の禁猟で良質な鴨の入手が難しく

 名物として鴨料理が広く知られるようになったのは戦後間もないころのことです。いまでは長浜の冬の風物詩となっている「盆梅展」の第1回目の開催が決まった昭和27年、来場者に長浜ならではの味を食べてもらおうと、三好社長の祖父ら地元の料亭や飲食店数十軒が相談して、鴨料理を大々的に打ち出していくことになったのがきっかけでした。

 冬になるとシベリアから琵琶湖へ飛来する鴨は、古くから貴重なたんぱく源でした。昭和46年に琵琶湖一円が禁猟になったあとは、良質の鴨を手に入れることが難しくなりましたが、それでも同店の鴨すきでは昔と変わらず天然物しか使いません。「合鴨が普及しているせいか、鴨肉は脂っぽくて苦手という方が多いのですが、天然の鴨はまったく異なるものと言っていいほど脂身のしつこさがなく旨味があります」と三好社長。さらに天然の鴨のなかでも最も美味と評され「青くび」と呼ばれる真鴨だけを厳選しているため、岐阜や新潟など何軒もの猟師と契約し、長年にわたってつきあいを大切にしてきました。

 鴨料理を出すのは鴨猟が解禁になる秋から春先まで。春から秋に提供するうなぎは代々受け継いできた秘伝のタレで焼き上げます。夏の鮎は伊吹山からの伏流水が流れる生け簀で育てており、その鮮度は刺身で味わえるほど。このあたりの井戸の水で洗うと魚の鮮度が長持ちするとも言われ、米を炊くのも伏流水を用います。米や野菜も地元の契約農家に栽培を依頼しているほか、醤油も明治から続く地元の老舗の手作り醤油を使うなど、湖北の豊かな自然の恵みと伝統を料理として提供することで、同店ならではの付加価値をつくりあげてきました。

コロナ禍で生かした仕出しのノウハウ

 経済成長期を経て繊維産業が下火になり、また大手大型量販店が郊外に進出して人流の変化が懸念されるなか、地元店主たちと手を結び「北国街道うまいもん処うだつ会」を結成したのは二代目の父のころ。現在観光名所として名高い黒壁スクエア開設に先駆けた昭和63年のことでした。

 その後、跡を継いだ三好社長にとって大きな危機となったのは令和2年のコロナ禍でした。緊急事態宣言下では売上が3分の2にまで落ち込む月もあり、その対策として従来からの仕出しを生かした宅配や弁当の販売に力を入れました。地元のタブロイド紙に毎週広告を打ってPRしたほ か、期間限定 で1000円 の ランチを販売し、売上の創出と従業員の仕事の確保を念頭に奔走したと振り返ります。

 一方、感染が下火となり客足が戻りつつあるなかでも、すぐに客数を元に戻すことはしませんでした。コロナ禍で退職者が出ることになり、人材が手薄ななかでは十分なもてなしができないと判断したためでした。とくに鴨すきは食べ方に伝統的な手順があり、従業員は客前で作法通りに肉や野菜を鍋に投じていきます。茶事の点前を見るようにそれを楽しみにする顧客も多いことから、従業員の十分な教育は不可欠なのです。

小さくても光る店をつくるために

 これまでにも従業員を対象に毎年講習会を行い、同時に店の料理を味わう機会をたびたび設けてきました。「お客様に満足いただくためには、まず従業員や家族が楽しく幸せに働くことが何より重要です。イライラすればそれは必ず所作にもあらわれます」と三好社長。ときには社長の知らないところでちょっとしたサービスが従業員のなかから自然発生的に習慣化していることもあるそうで、サービスをマニュアル化しないことで心の通うもてなしが生まれるといいます。

 また祖父や父の代と同じく地域とも積極的に関わり、商売だけでなく春の長浜曳山まつりでは社長自らが子ども歌舞伎の世話を長年担当しているほか、曳山のくじとりの大役なども務めてきました。コロナ禍では地元の人々が折あるごとに店を利用し助けてくれたほか、飲食店を支援するクラウドファンディングなどもまちを挙げて行われ、地域への貢献が地域からの助けとなって還ってくるという好循環も生まれました。

 「小さくても光る店をつくるために、感謝を忘れず、関わる人が幸せを感じられる仕事のあり方をも模索したい」という三好社長は、その思いと味を次代に引き継ごうとしています。

風土に根ざした食文化を守りお客様に満足いただける味を

 父から家業を引き継いだ当初はお客様から厳しい言葉をいただくこともありましたが、それほど私どもに期待してくださっている証だと考え、よりご満足いただける味とサービスを追求してまいりました。遠方から足を運んでくださるお客様と、地元で長くご愛顧くださるお客様にお応えしていくことは私どもの家業の両輪で、地元ならではの味にこだわるのもそのためです。

 とくに米は近隣の契約農家さんが有機肥料で育てた近江米コシヒカリを使っており、琵琶湖への負担を軽減する県の環境こだわり農産物に選ばれたものです。風土に根ざした食文化に支えられているからこそ、地産地消や環境を意識することは大切です。SDGsというと難しく考えてしまいますが、祖父母の世代が続けてきた暮らしのなかにその心があるのかもしれません。

企業データ

本社/長浜市朝日町3-1
創業/昭和12年
従業員/20名
業内容/料亭・料理旅館・仕出し
HP/公式HPはこちら>>

 

企業ポリシー

●天然の鴨にこだわり、確かな味と丁寧な接客で顧客満足を追求する。
●地産地消の味づくりを付加価値とし、地元に根ざし、地域の伝統を継承する。
●働く人の楽しさ、幸せを常に念頭に置き、サービスの質を高めていく。

>>「湖国で輝く企業を訪ねて」PDF版はこちら(PDF形式:1MB)


ページトップ